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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)604号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称する)等訴訟代理人は、控訴につき、主文第一、二項同旨並びに「訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人と称する)訴訟代理人は、控訴につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、仮執行宣言を求める申立を為し、なお、被控訴人が収去、明渡を求める建物及び土地の表示を、別紙目録記載の通り補正すると共に、控訴人合資会社信貴造船工場に対しては右建物を収去して右土地の明渡を求め、控訴人株式会社信貴造船所に対しては右建物より退去して右土地の明渡を求める旨申立てた。

当事者双方の事実上の主張は、

被控訴代理人において控訴人合資会社信貴造船工場は、本件土地上に本件建物を建築所有するから、同控訴人に対しては、右建物の収去と土地の明渡を求め、控訴人株式会社信貴造船所は右建物を占有するから、同控訴人に対しては建物よりの退去と土地の明渡を求めるものである。なお本件土地六筆(そのうち一九八番地は、一旦一九八番地の一となる)はその後昭和三六年一月一八日合筆により別紙目録記載の一筆となつた。被控訴人と愛産商事株式会社との賃貸借は倉庫賃貸契約という名称で為された倉庫及び作業場としての土地の賃貸借であつて、約定期間一〇年であつたから、昭和二三年一一月一日期間満了により終了した(昭和三一年四月九日に合意解除されたことは主張しない)から、被控訴人は控訴人等にその旨を通知した。それにより控訴人等主張の転貸借はその基礎を失つたもので、被控訴人に対する本件土地の占有権原として主張し得ない。右賃貸借更新の事実は否認する。被控訴人は昭和二七年四月分以降は賃料を受領していない。控訴人合資会社信貴造船工場と愛産商事株式会社との間の転貸借が建物所有を目的とするものであることは否認する。右転貸借の約定期間は三年であるから、この点からも借地法の適用はなく、かつ期間は満了している。又右転貸借の契約条項中には借地法の適用を受ける旨の文言があるが、内容上借地法を適用できないものに、適用の合意をしても無効である。仮りに右転貸借につき借地法の適用があるとしても、約定期間は三年と定められているから、借地法第二条第二項により、存続期間は二〇年となり、昭和三八年一月二一日を以て期間満了した。仮りにそうでないとしても、控訴人合資会社信貴造船工場は、控訴人株式会社信貴造船所に無断転貸したから、被控訴人は転貸人愛産商事株式会社に代位して、本訴において転貸借契約解除の意思表示をする。控訴人合資会社信貴造船工場と被控訴人との間に、控訴人等主張のような直接の賃貸借契約が成立したとの事実は否認する。と述べ、控訴代理人において、本件建物が控訴人合資会社信貴造船工場の所有であることは認める。控訴人株式会社信貴造船所は右建物を賃借しているものであつて、本件土地を再転借しているものではない。被控訴人と愛産商事株式会社との賃貸借が昭和二三年一一月一日期間満了により消滅したことは争う。右賃貸借は、右期限到来時及び昭和三三年一一月一日の期限到来時にいずれも解除予告がなかつたため更新され、被控訴人は少くとも昭和三四年三月分までは右賃貸借の賃料を受領しているから、右賃貸借は少くとも昭和四三年一一月一日までは存続中である。次に愛産商事株式会社と控訴人合資会社信貴造船工場との転貸借については、それが一時使用の目的であること、建物所有が禁止されていることについて何等明示の約定はなく、用途は木造船製作所の敷地であつて、木造船の露天組立用とは明記されてない以上、造船所としての材料置場、製図室、製材所、木工場等は勿論、船種の如何によりこれが組立のための上屋の設備はすべて必要な設備に属することは常識である。右造船所の敷地とはこれらの建物の用地の意味であつて、それ自体で建物所有を認めた趣旨であるのみならず、契約条項に借地法適用を明記しており、これは決して市販用紙に印刷された例文ではないから、借地法の適用される建物所有目的の転貸借であることは明白である。また期間三年の定めについても、更新を認める約定があり、事実上も更新されて約一〇年近くは平穏に継続して来たものであるから、一時使用には該らない。また右転貸借の成立については、何等軍の要請はなく、右当時海軍が関与したのは鉄鋼船のみで、控訴人合資会社信貴造船工場は右転借の頃は鉄船も木船も未だ製作せず、転借後木造船を造り初めた後に、海軍より魚雷艇、内火艇の建造を命ぜられたに過ぎない。従つて、軍の圧力の下における約定ではない。転貸借契約は債権契約であるから、その契約内容が基本たる賃貸借の契約内容以上に出ることは可能であり、このような場合の転貸借は純粋な転貸借でないとすれば一種の無名契約であつて、賃貸人がこれを承認することにより、無権代理の追認と同様、賃貸人は基本賃貸借を超える部分の契約の効力を承認すべき義務を生ずるか、又は禁反言若しくは信義則により、賃貸人と転借人との間に、賃貸借終了後も借地法所定期間内は転借人の土地利用を承認せざるを得ない一種の法律関係を生ずるものである。仮りにそうでないとしても、賃貸人たる被控訴人の前身昭和曹達株式会社と、転貸人たる愛産商事株式会社は、実質的には同一会社と見るべき間柄の会社であつて(昭和一八年一月当時、代表取締役は双方とも飯田正英であり、本店は双方とも東京市麹町区丸ノ内一丁目六番地の一であり、大阪における出張所又は支店は大阪市東区今橋一丁目朝日生命ビルの同一室であり、出張所長又は支店長はいずれも仲一成、その次席はいずれも中村丑信が兼任し、同市西成区津守町西五丁目の倉庫には双方の社名を掲げていた)、本件転貸借契約書は、右両社の社員を兼ねる仲と中村が起案し、代表者を兼任する飯田の承認を得たものであるから、名目は転貸借とするも、実質は被控訴人と控訴人合資会社信貴造船工場との間に、直接に建物所有を目的とする賃貸借契約が成立したものである。又、本件転貸借の期間は、三年の約定があるが、借地法により期間の定めのないものとして、三〇年即ち少くとも一部は昭和四八年一月二〇日、一部は同年四月二〇日まで存続するから、その以前に賃貸借が合意解除されても転借人には対抗できず、又賃貸借が期間満了により終了したとしても、転借人は右転貸借存続期間中の土地利用権を以て賃貸人に対抗できるものである。と述べたほか

原判決事実摘示と同一であるから、右記載(原判決事実欄中、「昭和三一年(ワ)第一五九三号事件の請求原因として」、及び「被告等の抗弁に対し」とある項、並びに「昭和三一年(ワ)第一五九三号事件の答弁として」とある項、但し、原判決四枚目裏一一行目に「転貸」とあるを「転借」と訂正)をここに引用する。

証拠(省略)

理由

本件土地(別紙目録記載の通り、但し、原判決添付目録記載の土地が分合筆により別紙目録記載の土地となつたことは、成立に争のない甲第一九号証の二、六、七、八、九号証(但し七、九号証は各1、2)により明白である)が被控訴人の所有であること、本件建物(別紙目録記載の通り)を控訴人合資会社信貴造船工場が所有し、右土地を占有すること及び右建物を控訴人株式会社信貴造船所が占有していることは当事者間に争がない。

そこで控訴人等の本件土地占有権原の有無につき按ずるに、本件土地が被控訴人より訴外愛産商事株式会社へ賃貸せられ、同会社より控訴人合資会社信貴造船工場へ転貸せられたこと(いずれも契約の日時、期間、内容等はしばらく措く)は当事者間に争のないところ、原審証人(当審では被控訴人代表者)吉武健の証言により成立を認める甲第三号証と成立に争のない甲第二〇号証、原審及び当審証人飯田正英の証言、原審証人及び当審被控訴人代表者吉武健の供述を綜合すると、右被控訴人と愛産商事株式会社との賃貸借は、後に昭和一九年八月九日に被控訴人に吸収合併された昭和曹達株式会社が昭和一三年一一月一日倉庫賃貸借なる名称で期間を一〇年と定め、本件土地及び地上の倉庫等の建物を、愛産商事に対しその商品の木津川よりの荷揚場とその収容所(倉庫)に使用させる目的で賃貸し、もし当時存在する建物の外に倉庫等が必要な場合には、賃貸人たる昭和曹達においてこれを建築して貸与すべき約定をも附加したもので、当時空地部分であつた本件土地についても賃借人の建物所有は目的としないものであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

次に成立に争のない乙第一、一〇、一四、一五号証、証人阪田松太郎(原審及び当審第一、二回)這禽利造(原審)、中村丑信(当審第一、二回)の証言、控訴人代表者信貴初太郎尋問の結果(原審、当審)、証人仲一生(当審)、飯田正英(当審)吉武健(原審)の証言の各一部、検証の結果(原審、当審)を綜合すると、愛産商事株式会社と控訴人合資会社信貴造船工場との転貸借契約は、昭和一八年一月二〇日に原判決添付目録記載(1)ないし(5)の土地につき成立し、同年四月二〇日に同目録(6)の土地につき追加契約として成立したものであるが、右控訴人が本件土地を転借した目的は、当時主として小型木造船の下請を業としていた同控訴人が、戦争激化につれて木造船の需要が殖えいわゆる計画造船の必要が唱えられてきた時勢に直面し、同控訴人としても、独立の木造船業者として設備拡張をするため、その頃愛産商事株式会社の利用度が低く所謂休閑地同様の状態であつた本件土地に着眼し、これを木造船の造船所用地と為すべく転借したものであり、右の初めの転貸借のための契約証(乙第一号証)には、用途を「木造船製作所敷地トシテ使用ノ為メ」と明示し、かつその第一三項に「前記各項ニ従フ外、借地法ノ適用ヲ受スベキモノトス」る旨を定め、期間を三年としたこと、右契約書は当時愛産商事株式会社の大阪支店長と昭和曹達株式会社の大阪営業所長を兼任していた訴外仲一生が本文をタイプして愛産商事株式会社の社長(代表取締役)であつた飯田正英の決裁を受けて作成せられたが、当時飯田は昭和曹達株式会社の常務(代表)取締役であつたこと、右の転貸借については賃貸人昭和曹達株式会社も、当時承諾していたこと、当時木造船は露天で建造されていた所もあつたが、造船所である以上、製図室や製材工場等の建物は設備として通常必要であり、また船種の如何によつては建造のための上屋の設備をも必要とするので、転借人たる右控訴人としては当然に右の如き用途の建物を所有し得るものと考えて契約し、転借人としても何等建物所有を禁止するところなく契約に応じたので、右転貸借は少くとも黙示的に建物所有を目的とする趣旨のものであつたこと、そこで転借人たる右控訴人は、転借後直ちに一部必要な建物の建築を準備し、昭和一八年四月一五日同控訴人の第二工場として原図場、製材工場、自転車置場計三棟の建築許可申請を為してこれを建築し、転貸人も右の状態を知り乍ら前記転貸契約に応じたこと、その後同控訴人は逐次建物を増設し、合計約二〇棟の本件建物を本件土地の大部分の地上に建設したが少くとも昭和二二、三年頃までは転貸人たる愛産商事株式会社からは勿論、賃貸人たる被控訴人よりも格別異論、抗議を為すこともなく推移したことが認められ、証人仲一生(原審、当審)飯田正英(原審、当審)の証言中右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、本件転貸借契約は建物所有を目的とする契約であり、たとえ戦時下の契約であつても、それが被控訴人主張の一時使用のための賃貸借であることは前認定の事実に徴して認め難いから、借地法の適用を受け、従つてその存続期間は借地法第二条第一項により契約の時から三〇年であると解すべく、右期間を被控訴人主張の二〇年とする見解は当裁判所の採用しないところである。

被控訴人は、本件賃貸借は昭和二三年一一月一日を以て、期間満了により終了したと主張し、前認定の賃貸借の約定期間が同年一〇月末日を以て満了すべきことは見易いところであるが、控訴人等は、右契約は更新せられた旨主張し、証人飯田正英(原審、当審)の証言を賃料授受に関する弁論の全趣旨とに徴すると、右賃貸借は右期間到来の頃黙示的に更新され、賃料の授受もなされて来たことが認められるから、右期間満了による賃貸借消滅の主張は理由がない。又被控訴人は、控訴人合資会社信貴造船工場が無断再転貸したことを理由に、代位による賃貸借契約の解除を主張するが、右控訴人が本件土地を再転貸したことは被控訴人の全立証によつても認め難く、却つて控訴人代表者信貴初太郎(原審)尋問結果によれば、同控訴人は本件建物を控訴人株式会社信貴造船所に貸与している関係に外ならないことが明白であるから、無断再転貸を理由とする転貸借解除の主張も理由がなく、又右転貸借の期間を二〇年と解して、それが期間満了により終了したと主張するも亦採用できない。そして右の外、前認定の賃貸借及び転貸借の消滅原因として被控訴人は何等主張するところがない。

のみならず、本件の場合の如く、基本たる土地賃貸借契約が建物所有を目的としない期間一〇年の賃貸借であり、転貸借契約が建物所有を目的とするために借地法適用の結果、期間三〇年の転貸借としての効力を認めらるべき場合において、賃貸人がかかる転貸借を異議なく承諾したときは、賃貸人において、その目的土地を少くとも期間の点において、転貸借契約期間と同一の間だけは転借人が直接にその使用収益を為す結果を容認したに外ならぬものであるから、その承認の結果として、賃借人又は転借人に契約を終了せしめる帰責事由のない限り、賃貸借の合意解除は勿論、賃貸借の単純な期間満了による終了があつても、転借人に対してはなお目的土地の使用を拒否できない信義則上の拘束を受けるものと解すべきであるから、この理由によつても、賃貸人たる被控訴人は、転借人たる控訴人合資会社信貴造船工場の本件土地使用を以て不法占有と目することは許されない。そして控訴人株式会社信貴造船所は、控訴人合資会社信貴造船工場より本件建物の貸与を受けているものであるから、同控訴人の建物所有による土地占有が適法である限りは自らも不法占有者となるいわれはない。

そうすれば、控訴人等を本件土地の不法占有者として本件建物の収去及び退去並びに土地の明渡を求める被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものであり、これを認容した原判決は失当であるから、取消を免れず、被控訴人の附帯控訴(仮執行宣言申立)も亦理由がなく棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して主文の通り判決する。

別紙                物件目録

大阪市西成区津守町西五丁目一七〇番地、宅地三、〇三六坪六合五勺のうち、左記図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(イ)で結ぶ線で囲まれた部分一、三四六坪九合一勺。

〈省略〉

(二) 右地上に存する左記(1)ないし(21)の建物及び施設物

(1) 木造平家建倉庫 (14) 木造平家建寄宿舎

(2) 木造平家建製材工場 (15) 木造平家建ウインチ設置場及び物置

(3) 木造平家建鍛造工場 (16) 木造平家建工具置場

(4) 木造平家建仕上及び金工場 (17) 木造平家建工場

(5) 木造平家建倉庫 (18) 木造平家建造艇工場

(6) 木造二階建造艇工場及び現図工場 (19) 木造平家建倉庫

(7) 木造平家建造艇工場 (20) 木造平家建倉庫

(8) 木造平家建倉庫 (21) 軌道(レール)

(9) 木造平家建ウインチ設置場

(10) 木造平家建水門工具工場

(11) 軌道(レール)

(12) 木造平家建造船工場

(13) 木造平家建危険物品置場

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